キーボード配列 QWERTYの謎

キーボード配列QWERTYの謎

キーボード配列QWERTYの謎


タイプライターがクリストファー・レイサム・ショールズによって作られたのは1868年のこと。しかしこの機械のキー配列はQWERTYではないABC順。QWERTY配列が登場したのは1870年代に入ってから。そしてこの配列は使用頻度の高い文字をタイピストがさがしやすくするという方針によって生まれたものだというのが筆者の見解だ。たとえば、英語での連続する2文字として最頻の「t」と「h」がキーボード中央の人差し指で打てる位置にあるように。


つまり「タイプライターのキー配列はもともとABC順だったが、タイピストのスピードがあがるにつれて、タイプライターの性能がついていけなくなりアーム同士が絡まるトラブルが増えていった。そこで、タイピストのスピードが落ちるべくなるべく打ちにくいようにしたキー配列がQWERTYである」という通説はここで覆される。


そして本書のもう一つの面白さは、前述の通説が後世に広まっていったプロセスを示した部分である。このプロセスにおいて重要な役割を果たしたのがオーガスト・ドボラックだというのが本書の主張だが、中身は読んでみてのお楽しみ。


一言書いておくと、このQWERTY配列勝利をもって「市場の失敗」を語る著名な経済史学者ポール・アラン・デービッドに対する、著者の怒りは熱い。すなわち歴史学者であるにもかかわらず、彼が史実をまったくゆがめていることに筆者の怒りは向うのだが、その部分の本文の記述は冷静で実に痛快だ(「あとがき」のいささか乱暴な言葉づかいとの対比がたまらなくいい)。


では史実は? タイプライター市場は完全な自由市場ではなかったのだ。QWERTY配列のキーボードシェアを高めていった経緯には、タイプライター・トラストという大手タイプライターメーカーのトラストが存在していた。それに、QWERTYは効率化を追求した結果のキー配列であって、その勝利は決して市場の「失敗」でもないわけだ。


実に痛快な労作だ。丹念に資料・史料を調べて書くということのお手本として、あるいは社会構成主義の立場からの記述の実例として本書はお勧めできる。そして本書が英語に翻訳されることを望む。