仮想経験のデザイン

仮想経験のデザイン―インターネット・マーケティングの新地平

仮想経験のデザイン―インターネット・マーケティングの新地平

評価の難しい本である。大胆な、ただしよくあるとも言える物言いをすれば、この手の話に興味を持っている研究者ならば読んでおいて損はないけど、実務者にとってはあまり価値のある本とは思えない、という感じか。


まずは、この手の話に興味を持っている研究者ならば読んでおいて損はないという話。


この本は、ネット・コミュニティサイトを継続させていくためには、

  • コミュニケーションのマネジメント上の工夫
  • コミュニティを経済的に維持するビジネスモデル

の両方がないとダメという、当たり前すぎる結論を述べた

インターネット社会のマーケティング―ネット・コミュニティのデザイン

インターネット社会のマーケティング―ネット・コミュニティのデザイン

の続編である。


そして後者のビジネスモデルにその関心の中心が前著から大きく移っている。これは執筆陣が経営学者とその卵たちだから自然のように思う。CMCを専門とする社会心理学者の文献などには絶対に見られない「むしろそこ(ネット・コミュニティ)では、人が集まりすぎることによって、サイトの運営そのものが危うくなることもある」なんて記述がある。私は人びとがネット・コミュニティに参加する動機などについてのCMC研究家による理論的・実証的研究を評価する一方で、彼らには(その参加する動機にも影響を与えるだろう)ビジネスモデルの視点がまったくないことには常々不満を感じていた。その意味では、いささかレビューしている文献が仲間内過ぎるという点を除けば、2つのテーマを睨んだこの本は評価できる。


中でもアバター、その周辺に起きている現象や、そのビジネスモデルに注目する点も評価できる。私が知る限り、ネット・コミュニティサイトの中で最も収益性の高いビジネスは、まさにアバター関連ビジネスである。特に韓国企業を親会社とする日本法人が韓国のサーバーからアバターを構成するさまざまなアイテムをコピーするだけで、ものによっては3000円で売っているのを知ったときには驚いた。個人的にはあまりアバターには興味を持たなかったので、深くは追わなかったが、本書ではアバターに関する事例がそれなりに記述されており興味深かった。ただしいささかアバターについての分析の道具が不足している感がある。これは自分とて大差ないという前提でものを言っているけど。


では、もう一方の実務者にとってはあまり価値のある本とは思えないという話。


一つは事例分析の深さ(浅さ)である。事例分析はアバターのものにしても他のものにしても、かなり表層的である。情報ソースが2次資料と1度かせいぜい2度のインタビューやメールインタビューである。会員数や提供サービスの概要のおまとめが必要という実務家ニーズには応えるだろうが、それ以上のものはあまり期待できない。もちろん、これだけの情報ソースでも鋭い分析をしたり、もっと解釈的に書こうと思えば人によっては豊穣に書けるのだろうが、基本的に各サイトの紹介にとどまる記述が多い。これはひとえに執筆者の現場感がないことによると推測される。おそらくインタビュー調査も一問一答形式で、その場で膨らませるというようなことができないのだろう。


また、本書での中心的な分析視点であるビジネスモデルにしても、サイト以外の現実社会のクライアントなどからお金をもらう(1)外部依存型ビジネスモデル、ポータル・サイトの一部として集客効果を持つような(2)サイト融合型ビジネスモデル、ネットコミュニティ単独で利益を稼ぐ(3)完結型ビジネスモデル、という実務家ならば2000年ごろからは持ち合わせていたフレームワークが今頃出てくるあたりも、時代感覚としてどうかと思う。


個人的には、情報サービス産業における産業組織論的な視点が完全に抜け落ちていることがどうにも気になった。サイト内で完結するアバタービジネスとグーグル、アマゾンは直接的に関係がないともいえる。だが、ネットコミュニティも含めたウェブ事業者がグーグルやアマゾンなどとどう折り合いをつけながらビジネスをしているかというあたりは、ウェブ事業者にとってはかなり大きな課題であるはずなのに、まったくそれが書かれていない。書かれていないのは仕方ないとしても意識されてもいない。だから、収益モデルを語るボキャブラリーも「広告」でしかなくて、検索連動型とかコンテンツマッチ型ということばは出てこない。


そして最後にひとこと。ただし、産業組織論的な視点をマーケティング学者に要求するのも無理なような気がする、と書きながら強く感じる。私は、技術の概要と、情報サービス産業の全体像、個別のウェブ事業者の提供サービスと収益モデルにはそこそこ詳しい。またCMC研究にも多少の知見はある。しかし、ことマーケティングについては実務の経験はあるが、理論についてどうかといわれると相当お寒いわけだ。個人的には、執筆者の一人である栗木契さんなどは、相当見識のあり、独自の切り口をもったマーケティング研究者だと思っているし。そういう意味では、あらためて、CGMというものを基軸に情報ネットワーク社会を捉える際に必要とされる道具の多さを感じさせてくれる本として読むこともできるのかもしれない。