恋するフェルメール

恋するフェルメール―36作品への旅

恋するフェルメール―36作品への旅

あとがきで、「絵は記憶できない」、「絵自体は覚えていなくても、それを見たときのことは覚えている。あのとき、こんなことがあった、一緒に見た人がこんなことを言った、見る前に、後に、何を食べた、案外そんなことまでも」、「絵には思い出が染み込むのではないか」と有吉玉青は言う。これにはひざを打つ。


19の時、ルーブルを急ぎ足で歩き、教科書に載っているものをチェックするような見方をしていた私だが、翌年からの1年間の滞在で夜のルーブルやオルセーに通い詰め、いつの日からか自分なりの絵の見方を身につけて、帰国間際の旅行では、この絵を見たいということで、ロンドンやウィーンにまで行くようになったものだ。お気に入りはやはり絵を見る前後の記憶からモネであり、他にはゴッホシャガール、古いところではブリューゲルと月並みなのだが。


この本を手に取ったのは、有吉のように絵を見るためにある場所に行き、その町をついでに観光するというような贅沢な旅行がしたいなと思ったからだ。有吉も指摘するようにフェルメールというのは36点、場所も各所に散らばっていて、ちょうどよい。モネやゴッホシャガールだともっと旅費もかさんでしまうのだろうか。


私はフェルメールに特別の思いいれはない。でも美しいと思う絵はいくつかある。ちなみにWikipediaフェルメールの作品の項が相当充実していたので、自分がどれだけ見ているのか数えてみた。


まずルーブルの<天文学者>と<レースを編む女>。前者は記憶にある。続いてアムステルダム国立美術館の<牛乳を注ぐ女><小路><手紙を読む青衣の女><恋文>。今、日本に来ている<牛乳を注ぐ女>は記憶にある一方で、他の4つは覚えていない。そしてウィーン美術史博物館の<絵画芸術>。なんとなく覚えていて、ここまでで7点。ドイツにも6点あるが、もの心ついてからドイツには行っていないため見ていないことになる。


ドーヴァー海峡を越えてイギリスに行くと、ロンドンのナショナルギャラリーに<ヴァージナルの前に立つ女>と<ヴァージナルの前に座る女>がある。見ているはずだが、失礼ながら、記憶にない。エディンバラのナショナル・ギャラリーの<マリアとマルタの家のキリスト>。こちらもうーん見たようなという程度の記憶。3点加えて10点。


最後が、なぜこの国に15点もあるんだ、というアメリカだが、メトロポリタンで<眠る女><窓辺で水差しを持つ女><窓辺でリュートを弾く女><少女><信仰の寓意>の5点を見ている。<眠る女><窓辺で水差しを持つ女><少女>は確かに見た。以上15点だ。日本に特別展で来たものを入れて16、17点という感じだろう。半分弱か。でも記憶に残っているのは10足らずだ。


では逆に見たいものはどれかと言われれば、風景画好きなので<デルフトの眺望>とお決まりの<真珠の耳飾の少女>。これらはいずれもハーグのマウリッツハイス美術館にある。絶対見ているんだが、7歳の頃だと思うので、覚えていやしない。あるいは妹と美術館の外でアイスクリームを食べていたのかもしれない。ともあれ、北欧にちょっと縁があるので、オランダ、ノルウェーとドイツというような旅行はいずれ敢行する価値がありそうだ。