フリー <無料>からお金を生み出す新戦略

2000年代初頭に、よく「風が吹けば桶屋が儲かる」的、あるいは「損して得取れ」的なビジネスモデルを提案していた。残念ながらその提案が受け容れられたことはほとんどなかったが、もしこの本が当時に存在していれば提案の説得力は増し、提案されている側が本書を読んでいればその提案の受容力も増していたかも知れない。


フリー 〈無料〉からお金を生みだす新戦略

フリー 〈無料〉からお金を生みだす新戦略


風が吹けば桶屋が儲かる」的なビジネスモデルは、本書で紹介されている4つの「フリー」のモデルのうち、「2:三者間市場」に当たる。メディアビジネスによく見られるもので、消費者、メディア、広告主の三者間でお金が回っており、消費者とメディア、メディアと広告主、広告主と消費者という3つの対面する組合せを結びつけているため、「n面的市場」とも言われる。


「損して得取れ」的なビジネスモデルは、本書では「1:直接的内部相互補助」と「3:フリーミアム」に該当する。前者はあるモノを無料にして、客を呼んで、きちんと利益を出せる他のモノを売ること。後者もやはり同様に、あるモノを無料にして、客を呼んで、きちんと利益を出せる他のモノを売ること、なのだが、「3:フリーミアム」は21世紀のビット経済の産物なので別カテゴリーになっている。


そしてもう一つが「4:非貨幣経済市場」である。金銭以外の動機で商品や労働が提供される場合だ。本書では良くあるようにウィキペディアの例が挙がっている。


ちなみにこれらの4つのタイプはアンダーソンが新しく生み出したものではなく、いずれもこれまでに分析対象になったものである。「n面的市場」であれば、最近ではEisenmannの論文があるし、「フリーミアム」はShapiro&Varianの「バージョニング」のことだし、「非貨幣経済」は「贈与論」「社会的交換理論」があるし、私も「シェアウェア」の中でフリーウェアについて書いている。


では、本書の何が価値か。それはなぜ「3:フリーミアム」が合理性を持つかの説明がされている点である。


それは複雑なことではなく、「チープレボリューション」ゆえだ。つまりアトムの経済では、生産コストも配布(流通)コストも額が大きかったので、損失をあまり大きくしないためには、「1:直接的内部相互補助」で無料で配れる顧客の数が少なかった。だが、ビットの経済では2つのコストが限りなくゼロに近づいたので、損失を莫大にすることなく、とても多くの顧客(ユーザー)に無料で使ってもらうことが可能になったわけである。

典型的なオンラインサイトには5パーセントルールがある。つまり、5パーセントの有料ユーザーが残りの無料ユーザーを支えているのだ。


これがアトムの経済では5パーセントというわけには行かず、もっと大きな数字である必要があったというのが、アンダーソンの主張だ。また「非常に安価」ではなく「フリー」とすることで、とてつもなく大きな絶対数のユーザーを獲得することが理論的には可能になる(もちろん競争に勝てば、の話だが)。


けれども本書には不満もある。


1つは趣味の領域に属するが、話題が多岐にわたりすぎている点だ。これは読み物の面白さには貢献するが、わかりやすさには貢献していない。翻訳版を読んで確信したが、ほとんどのことは2章に書いてあっておまけがさすがに多すぎる。ただし実務家にインスピレーションを与える素材が多いとも言える。


もう一つは、「ロングテール」と同様に「フリー」の有効範囲についての検討があまりに甘いこと。たとえば、「毎年価格が半分になるものは、かならず無料になる」という記述があり、だから「フリーミアム」は有効な戦術だと読めてしまうのだが、10000ドルが5000ドルになるインパクトと1ドルが50セントになるインパクトは異なる。つまり絶対額での減少がさほど大きくなくなった時点で、フリーのユーザー数を一定数獲得していないとすれば、あるいは固定費がどうしても大きくて損益分岐売上高にあまりに遠ければ、「フリーミアム」は幻想で終わる確率が高い。だが、この点は強調はされていない。


とは言うものの、全体としては、「アメリカの有能なジャーナリストが書いたもの」、つまり事実からの洞察が深く、将来についての妄想も含んだ良書である。私も来年に敢行予定のCGM事業者へのインタビュー項目をブラッシュアップする上で大いに参考になった。というわけで「5年ぶりにあいつが来る」という心当たりのある方、よろしくお願いします。


追伸:こんな記事にちょうど出会いました。
フリーミアム実践の舞台裏を聞いた」
http://www.dotbook.jp/magazine-k/2009/12/12/freemium/